日記

DIARY
2011/07/22    『空海と密教美術』展
21日。東京国立博物館で開催中の『空海と密教美術』展を観て来た。
 
いつものように上野行きの特急電車に乗り、開館前には入り口に着いた。ここでの大きな企画展は混雑が予想されるからだ。
ところが、この日はオープンして2日目で台風の影響もあり並んだ観客は100人弱と少なめだった。
 
なんといっても今展、出展美術品の9割が国宝・重文という密教美術の名宝が勢ぞろいということで、入場する前から久しぶりに胸中が高ぶってしまう。
 
会場に入ると凛とした『弘法大師像』の肖像画が出迎えてくれた。最初に目にとまったのは空海20代の著作『聾瞽指帰(ろうこしいき)』の草稿などの直筆の書である。嵯峨天皇、橘逸勢とならび3筆に数えられる名筆が目の前に広がっているのだ。
書に関してはまったく素人の僕だが、そのカッチリとして均整のとれた書体に思わず引き込まれてしまう。この書だけみても空海という人の偉大さが伝わってくる。
それから1200年ほど前の平安時代に書かれたものがきれいに保存されていて今更ながら和紙と墨の強靭さに感心してしまった。
 
第1章から第4章まで空海の求道の足跡を追うように構成されている会場を順番に見ていくと、曼荼羅や法具、仏像諸尊が次々と登場し、息をつく間もないほどだ。
しかしなんといっても今展のメインイベントは、京都・教王護国寺(東寺)の講堂より出展された仏像曼荼羅である。21体のうちの8体ではあったが、会場で諸像の間を移動しながら体感できるように配置構成されている。歩いていると密教の持つ、深遠な神秘的空間に時間のたつのも忘れ、いつの間にかぐるぐると何周もしていた。
 
これから9月までの長い会期、展示替えもあるようなので、もう1度行きたいと思っている。
酷暑の続く夏、まだご覧になっていない方は、涼しい館内で、空海の深い精神性に触れてみてはいかがだろうか。
 
画像は博物館の壁に掛けられた今展の看板。
 
2011/07/15    水干顔料
梅雨が早く明けてからというもの、毎日うだるような暑さで、家の中の温度も30℃を越えている。冷房は苦手で、あまり長い時間つけていると体がだるくなってくる…と、いっても夏は長い。なんとか対応策を考えて、この秋から来年に続くいくつかの個展に向け制作を続けなければならない。
 
夏場は、木版画と絵画作品を中心に制作する予定である。今日は水干(すいひ)顔料の整理をした。水干顔料は主に日本画や木版画で使用され、水処理で沈殿した粉を干して作られたとても粒子の細かい顔料で岩絵の具などよりも使いやすい。
 
色の深みや重さという点では、洋画の顔料に一歩譲るところだが、膠で溶いて和紙の上に描いたり、摺ったりするとフワーッとしたなんとも言えないソフトで明るい発色をする。質感も好みに合っているので、僕は木版画と麻紙に描く絵画作品に多く用いている。
 
日本で昔から作られてきたもので、色の名前が漢字表記である。胡粉、白群青、白緑、水干黄土、辰砂など、始めは顔料店に行くと読むこともできずに戸惑っていたが、いろいろと種類を使っているうちに自分の好みもはっきりしてきて、たいがいのものは憶えてしまった。 
 
ビニールの袋に入った美しい顔料を整理しているうちに、暑さも忘れてしまった。この酷暑、作品制作に集中することで乗り切って行こう。
 
画像はビニール袋に入って整理された水干顔料。
 
2011/07/08    「パウル・クレー おわらないアトリエ」展 
東京国立近代美術館で開催中の「パウル・クレー おわらないアトリエ」展を観て来た。
パウル・クレー(1879-1940)というと独自の造形理念を確立し、バウハウスでカンディンスキーなどと美術教育に力を入れたことでも知られている。
 
絵を描いている人間なら誰しも、名前を見ると企画展についつい足を運んでしまう作家が1人や2人はいるはずだ。僕にとってクレーはそうした画家の1人である。いったい今までに何回クレーの企画展を観に行ったのか数えていないほどだ。
 
美術学校の学生時代、ゼミの先生からクレーの代表的な著作である「造形思考」や「無限の造形」を勧められて読んでみたが、さっぱり理解することができなかった。その独特な造形理念や作家の内面から現れる「カオス」や「コスモス」といった言葉は簡単に理解することができなかった。クレーは僕にとって未だに難解で謎の多い存在である…それゆえに、つい足が向いてしまうんだろうか。
 
戦後、我が国でも多くの画家がクレーに影響されているが、どうも作品の表層から感覚的に捕えた叙情性やポエジーといったことに終始しているような気がする。実はクレーの世界というのは深遠で難解であり、絵の裏側にある記号を読み取ることは至難の業である。
 
平日の午後だったが会場は想いの外、空いていた。「やはり、印象派やピカソよりも一般的にはなじみが薄いのかな。」
今展で特に興味深かったのは、油性転写、コラージュなどいろんな手法ごとに下絵と完成図を並べて展示されていたことだ。線、色彩など、クレーの造形思考を視覚化して行くプロセスの一端に触れることができたような気がした。
 
展覧会は今月31日まで。まだ観ていない方はこの機会にぜひ、涼しい会場に出かけてください。
 
画像は出品作の中から好きな作品で「蛾の踊り」の部分。
 
2011/07/01    長距離ウォーキングで沼を1周する。
長距離のウォーキングを始めて3ヶ月目に入ったが、まだ3日坊主にはなっていない。先月末、1度は歩いてみたいと思っていた地元の内陸湖沼である西印旛沼を土手に沿って、時計回りに1周した。
 
この印旛沼、江戸時代には広大な水面と湿地が広がっていて「海」と呼ばれていたが、昭和まで続いた大規模干拓により、現在は水路を挟んで、西印旛沼と北印旛沼の2つに分かれている。龍神伝説も数多く伝わっていて、龍角寺、龍腹寺などの地名が残されている。
 
周囲は約15km、平坦地にあるため遮る物はなく、広々とした風景が広がっている…と、言うことは日陰も無い。この日は梅雨の合間の晴天で朝から蒸し暑い日だった。出発地点である龍神橋のたもとで軽いストレッチをして歩き始めたが、20分もすると大汗をかいた。
 
平日の昼ということもあり、この日も人にはほとんど会わない。南岸はサイクリングコースがあるため、ときどきロードレーサーがすごいスピードで走り抜けて行くこともあったが、北岸に入ると自分1人だけの世界となった。
 
「無我の境地、ただひたすら歩きます。」
 
聞こえてくるのは風になびくヨシの葉ずれの音や鳥の声のみである。ヒバリ、ウグイス、ホオジロ、セッカ、オオヨシキリ、ホトトギスなど平地で繁殖する野鳥たちが競って美声を聴かせてくれて、暑さでめげそうになる心を励ましてくれる。時折、土手を吹く西風が心地よい。
 
中間地点の土手で遅い昼食のおむすびをほおばりながら、
「…このコース、夏場は絶対避けたほうが良さそうだな…9月まで木陰の多い林のコース設定をしよう。」
などとブツブツ、独り言を言っていた。
 
エネルギー補給をしたので残り半周も力が入り、ラストスパートで少し足に痛みを感じたが、無事完歩することができた。
 
目標は1日30kmのロングコース、まだまだ先は長い。
 
画像は沼の土手に沿った延々と続く砂利道。

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Last updated: 2011/12/14